土曜日。会議は、議題一個に白熱してしまい、(いつものこと)
他のことは話せなかったが、よかったんじゃないかな。
料理もお菓子も喜んでもらえました。味噌とバルサミコ酢
で作る、野菜のグリルの漬けダレが大好評でした。
日曜日。昨日は徹夜をしたので、夜9時に爆睡。
夜10時半に電話に出たのを憶えている。
どうやら6年前のフィレンツェのクラスメート。
靴の勉強をしていて、日本で靴のバイヤーをしていて、
そして、ミラノの見本市に来たらしい。
忙しかったが、中央駅から空港へ行く前に
会うことになった。
朝、今週は運転をして人を案内するので、
運転練習。郊外のヴィッラ(邸宅を改装した
イベント会場)まで視察を兼ねて行く。
高速道路は140キロが制限速度。
150キロなんて日本でずっと出すってことは
あんまりないので楽しかった。
こっちの車は、アクセルに対するレスポンスがいい。
踏んだら踏んだなりに素直に加速してくれる。
ぐっと背中を押す感じ。追い越していったメルセデスは
さすが、高速での安定感がほかとは違う。
5速なんて滅多に入れないけど、飛ばす
ヨーロッパの道路では普通。ドイツなんて
もっと飛ばすらしい。
高速で走る車が密集
するのも、車線が明確でなく、いろいろなところに
意識を向けないと運転できないのも、こっちの特徴。
サッカーがうまいのがわかる。日本人は視野が狭い
し、駆け引きがこういうところでも弱い、なんて思った。
そのまま中央駅に行き、合流して、家の茶室で
お茶をした。6年ぶりで、記憶の中とは
少し変化がある。社会人になるとやっぱり
みんな顔つきが違いますね。その人、偶然にも
誕生日だったらしい。どんだけ奇遇なの。
その時の他のクラスメートが、どうも最近トスカーナに
戻ってきたらしい。関東の人が多かったから連絡取って
なかったけど、こういうことがあると、また距離が近くなるものです。
一期一会ですね。
2010年3月7日日曜日
2010年3月6日土曜日
徹夜
2010年3月5日金曜日
自宅で茶

自宅にお茶室があると便利です。
今日は夕食を食べた人と、小さなお茶会。
こういう時って、2畳の茶室でやってみたい。
いつか実家につくったんねん。
たまには着物を着ないとあれなので、
着物を着て。久しぶりに着たら、
はかまが一部くしゃっとなってた。
あちゃー。
料理を土曜日に作らないといけないので、
掃除、メニューの検討、買い物など
大忙し。月曜からツアーのおつきで資料作成、
家族が3月に来るので、ホテルなどの予約
いろいろ。土曜日は大きな会議もあるので、
茶道とか太鼓の計画のアイディアもねって
おかないといけないし。同じ土曜日に
ヴィチェンツァで知り合いの太鼓グループが
コンサートをする、行きたいなあ。
会議なんて早く終わってしまえばいいのに。
東京から久しぶりの友人が見本市に来ているが、
予定が詰まりすぎてあえるかどうか。。。
今週末重なるわあ。
頑張りすぎたのか、ついに頭痛が。。。
やんなっちゃう。
でも、温かいお茶がかなり癒してくれた。
カフェじゃ癒えん。
金沢のお茶仲間が、和菓子とお茶を
送ってくれたと、メールをくれた。ほんと
嬉しい。ありがとうございます。
2010年3月3日水曜日
写真展
雨のミラノ。写真を撮る人を撮った。なんか、
好きなんです。撮ってる人の前掛りで、無防備な
後姿。
Steve McCurryの展覧会に行ってきました。
1980-2009年の写真展。古い教会あとの
Palazzo della Ragioneでやっていた。
去年から、行こう行こうと思い、忘れてた
忘れてたを繰り返し、そのうち、会期が
2ヶ月も延長され、やっとこさ行けた。
別の用事で通りかかっただけなんだけど。
チケット一枚で、「学生だけど学生証ないんすわ」って
いったら、お姉さん「ええよええよ、学生料金でええよ」
ってな感じで学生料金で入った。よくあるんです
けどね。お金を下ろしたばかりで分厚い束から、
札束が一枚落ちていく。すかさずお姉さんが
「なんか落ちたよ!」って知ってるよ。「いやあ、
お金下ろしたばっかりでね、ほへへ、一枚あげよか?」と
お互い笑って話しました。ふざけてばっかりです、
最近。なんか言えばなんか返すからね、この人たち。

有名な写真がいくつもあったし、
見て見たかった。
入ったとたん、材料費をとことん削って、最大限
ミラノらしい展示をしていることはわかったが、
作品自体から、マグナムの写真の独特な匂いがした。
カルティエ=ブレッソンのように考えつくされた
絵画のような可能性を秘めた画面という点では
物足りない。でも、なにか見ていくうちに、その
なにかを見せられた。

重要だったのは、何が見えたのかということだけでなく、
それをどのように見るのかということだった。
というのは、マグナムの創立当初のこと。
どのように見たのかが語られて伝わってくるという
ことではないけど、被写体の強さが平穏な現代社会になれた
自分たちには新鮮な驚きとして浮かび上がっていた。

人間は、もっと野生で、力強く、神秘的で、
不合理なものだということ。
合理的な現代精神は、そういう人間の特性を
去勢するかのように取り去ってしまう、ということも
感じた。それくらい、画面の中に出てくる人たちは
素朴で強かった。

我々は情景や真実を喚起しなければならない。
写真、それは生のリアリティーの詩なのだ
とは、カルティエ=ブレッソンの言葉。
ここまで強烈なものを写真に収めれば
誰でもすごい写真は撮れるだろう。
でも「喚起する力」が桁外れだった。
カメラを自分の感覚器官のように、
外界の感情を含んだ光を焼き付ける。
現代人が何かを削がれているのが、
よく分かった展覧会だった。合理的で
進んだ生き方をしているはずなのに。
日本では、京阪四条駅の7番出口から出てくる
舞妓さんの写真があった。現実だなあと
思いながら見ていた。祇園で働いていたときは
7番出口使ってたこともあり、正確に自分の中の
感情と記憶と合致した。
日本は、極端に美しいものがある。そして、それは
少し狂気を含んでいる。強烈な感情と
押し殺した感情。その両極を誰もが持っているのかも。
Steve McCrryのサイト
2010年3月1日月曜日
お茶
春です。温かい。心が躍ります。
JUJUの新曲をDLして日本の春の
気分を味わってみたり。意外な
自分の一面?です。
オリンピックは、盛り上がってるんでしょうね。
たまに、テレビで見るけど、あんまりみていない。
上村愛子には心から拍手を送りたい。
彼女のブログには心を打たれた。
今日は私的な友人だけの茶会を催した。
というのも、金沢でいつもそういう試みで、
大分楽しませてもらったから、茶室の会話の
よさ、というのに飢えていた。

ひとつ、軸がかかり、花が生けられ、
昔の人の思想、季節の花を共有し、
誰かの買ってきた、あるいはつくったお菓子、
近況、職業、いろいろなものが絡んで、
とても実りある対話になる。金沢で、
そういう肩肘張らないお茶をたくさん
経験できてすごく幸せだったことを実感。
その金沢でお世話になった方から頂いた
虎屋の抹茶、おいしかった。
自服ながら、茶会でのお点前の
お茶はいつもとは別次元の味わい。
一回一回さじ加減が定まらないから、
申し訳なかったが。
友人のブログ←click here!
ここに今日の要点すべてがあるので僕が
書く必要ないです。tetoraさんありがとう。
そして、カメラありがとうございます!
お陰でブログに写真復活。
ほんと人のご好意っていうのは
ありがたい。海外にいると余計に思う。

いつか、ピサで中世史を勉強している友人も
誘いたい。この前知り合ったばかりだが旧知の仲のような
トークができたこともあり気を良くしているが、
中世の社会についてもいろいろ伺いたい。
しかし、今日の無個性の意味、日本のかたちや
ものの考え方とこれからのサイテイナブルな
デザインの話はおもしろかった。
「茶道は、進歩という考えを誤解したことで失った多くの
人間的価値を再発見し、認識する助けになる」という、
イタリア人の茶道への思いに心を打たれたばかり。
なので、個人的にすごくおもしろかった。
裏千家だが、
我執、エゴというのは自分も他人もダメにする。
その向こうにあるものを、自分の中に見つけること。
エゴを捨てて、本当に求めていた自分のあり方を
見つける、と言えるか。
今日の床の花を活けたときにも、やっぱり
自分の個性や我というものと出会い、対峙した。
日曜日だがいつもの花屋は14時まで開いている。
活けるが、やっぱりいつもの「あせり」がでてくる。
形が決まらない。もちろん自己流だからだが、
そういうときは、いつも、秦秀雄の「しろうとの茶花」
や白洲正子の「花」にお世話になる。
白洲正子さんのちっとも気取らない花に、あっけにとられる。
JUJUの新曲をDLして日本の春の
気分を味わってみたり。意外な
自分の一面?です。
オリンピックは、盛り上がってるんでしょうね。
たまに、テレビで見るけど、あんまりみていない。
上村愛子には心から拍手を送りたい。
彼女のブログには心を打たれた。
今日は私的な友人だけの茶会を催した。
というのも、金沢でいつもそういう試みで、
大分楽しませてもらったから、茶室の会話の
よさ、というのに飢えていた。

ひとつ、軸がかかり、花が生けられ、
昔の人の思想、季節の花を共有し、
誰かの買ってきた、あるいはつくったお菓子、
近況、職業、いろいろなものが絡んで、
とても実りある対話になる。金沢で、
そういう肩肘張らないお茶をたくさん
経験できてすごく幸せだったことを実感。
その金沢でお世話になった方から頂いた
虎屋の抹茶、おいしかった。
自服ながら、茶会でのお点前の
お茶はいつもとは別次元の味わい。
一回一回さじ加減が定まらないから、
申し訳なかったが。
友人のブログ←click here!
ここに今日の要点すべてがあるので僕が
書く必要ないです。tetoraさんありがとう。
そして、カメラありがとうございます!
お陰でブログに写真復活。
ほんと人のご好意っていうのは
ありがたい。海外にいると余計に思う。

いつか、ピサで中世史を勉強している友人も
誘いたい。この前知り合ったばかりだが旧知の仲のような
トークができたこともあり気を良くしているが、
中世の社会についてもいろいろ伺いたい。
しかし、今日の無個性の意味、日本のかたちや
ものの考え方とこれからのサイテイナブルな
デザインの話はおもしろかった。
「茶道は、進歩という考えを誤解したことで失った多くの
人間的価値を再発見し、認識する助けになる」という、
イタリア人の茶道への思いに心を打たれたばかり。
なので、個人的にすごくおもしろかった。
裏千家だが、
「無」=『かたよらない、とらわれない、こだわらない』
我執、エゴというのは自分も他人もダメにする。
その向こうにあるものを、自分の中に見つけること。
エゴを捨てて、本当に求めていた自分のあり方を
見つける、と言えるか。
今日の床の花を活けたときにも、やっぱり
自分の個性や我というものと出会い、対峙した。
日曜日だがいつもの花屋は14時まで開いている。
活けるが、やっぱりいつもの「あせり」がでてくる。
形が決まらない。もちろん自己流だからだが、
そういうときは、いつも、秦秀雄の「しろうとの茶花」
や白洲正子の「花」にお世話になる。
白洲正子さんのちっとも気取らない花に、あっけにとられる。
2010年2月28日日曜日
久しぶりの再会
5年ぶりに友達兄妹に会った。メールはよくしてたけど、
考えてみたら5年ぶり。人ってやっぱりいろいろ変わりますね。
でも、いいところは変わらないし、前よりもより光っていた。
それが嬉しかった。
トスカーナでの自然農法、美術工芸プロジェクト。
成功すれば、ここでやっていける。トスカーナ、イタリアで、
人道支援の型を作って、地中海沿岸地域、西アジア、
アフリカで貢献できるプロジェクトにしたい。
そんな思いが募っていて、いろいろと工房を調査していた。
そんなところでトスカーナの友人に再会したのは運命?
何よりもおもしろい仕事、他の何よりも人のためになる
仕事、それを作り上げたいという思いはさらに高まった
のでした。
考えてみたら5年ぶり。人ってやっぱりいろいろ変わりますね。
でも、いいところは変わらないし、前よりもより光っていた。
それが嬉しかった。
トスカーナでの自然農法、美術工芸プロジェクト。
成功すれば、ここでやっていける。トスカーナ、イタリアで、
人道支援の型を作って、地中海沿岸地域、西アジア、
アフリカで貢献できるプロジェクトにしたい。
そんな思いが募っていて、いろいろと工房を調査していた。
そんなところでトスカーナの友人に再会したのは運命?
何よりもおもしろい仕事、他の何よりも人のためになる
仕事、それを作り上げたいという思いはさらに高まった
のでした。




