2012年2月14日火曜日

われ、おもう

ミラノ生活も2年半。この間、いろいろな変化があった。

日本の陶芸が恋しいと思う事は度々だが、
せめてもの慰めとして、黒楽でお茶を飲んでいる。
茶道は毎週稽古があるので、ありがたい。

人生について語る事がよくある。ミラノに来る人は
何かしら理由や思いがあって来ていることが多い。

デザイナーの友人と語り合う。

まだまだ、自分を出し切れていない気がする。
閉塞感。人に合わせてもしょうがない。もっとやりたい事を磨きたい。
それで人を感化できるようになりたい。
これは、魂の行動原理のようなもので、かえられないし、
変えるときはこない。

友人はイタリアに来るのに、大企業の仕事を捨て、
数百万つぎ込んでイタリアに来て、学び、仕事を
したそうだ。目標としているところまで後少し。
人の下で仕事をするのもそろそろここまでと思っている
そうだ。自分の作品が世の中に出せるようになってきた、
と語る彼の裏に、いろいろなものが見えた。

自分の今の考えが小さく感じた。

自然農法圃場の記録撮影がてら、自分の写真を模索しながら
撮る事がある。手も付けられず、その写真はずっとパソコンで眠っていたが、
自分のライフワークはもうそこにある。

命あるものを撮りたい。植物の、自然の生命意思のようなものを
伝えたい。ブレッソンやドアノー、サラ・ムーンを勤めていた美術館で
見ていた日々。その時は、写真は畑違いと思っていたし、
「ブレッソンの疑問符」(サラ・ムーン制作のドキュメンタリー)を
見るまでは、ブレッソンが何なのかすらよくつかめないでいた。
いつのまにか写真を仕事で撮るようになり、その時つかんだものが
ライフワークの基礎になっていた。

コントラストの中に、自分の目で感じたものが写りだされて
行くのは面白い。写真を撮ると言う事は、沈思に似ている。













2012年1月13日金曜日

ロス







ロスは温かい。冬なのに半袖の人もたまにいる。

人はオープンで、「毎日ウェルカムよ」「楽しんでね」など、
店員が必ずと言っていい程一言足して来る。

「いらっしゃいませ、こんにちは」「おおきに、ありがとうございます」
一言足すのは店員の常なのだろう。イタリアでは、
「チャオゥ、グラツィエ」というのが常だが、全然閉鎖的。

飯やらカフェは、断然イタリア。なにか変な感じがずっと
胃にあるのはなぜだろう。



行きは、いろいろとあった。写真はコモのあたり。知ってるところを
飛行機で通るのは面白い。しかしアルプスを超えると、そこは雲だらけ。
何も見えない。


チューリッヒで降下すると、びゅーびゅーと風が吹いていて、
見るからに風速がヤバい感じだった。

すると機体が揺れた。すぐにエンジンを全開にして空に帰る。
アナウンスで近くの空港に行くと言う。しかしそこでも
急降下して、「オーマイゴッド!」とアメリカ人だけが叫ぶ。
さすが、と思いつつも、ヤバい感じがした。

結局、ドイツもだめということになり、ミラノに引き返した。
その後、いろいろすったもんだが職員と乗客の間にあり、
予約を変更することになった。

時間がかかって、大変だったけど、列に並ぶと数時間かかって大変なので、
電話したらいいよとイタリア人が教えてくれて、電話だと30分で
予約の変更ができた。もうこの時点で疲労困憊。前日の半徹夜が
悪影響。スイス航空からは新しいチケットと変更料無料の
領収書が届いた。あたりまえや。

ぐっすりと寝て、というわけにはいかず、日本人を2人程助けて、
友人宅で新年会をして、6時間の睡眠にありついた。

すっきしして、今度はミュンヘンへ。空港の飛行機から、
カートからきちっと一列に並んでいる空港。さすがドイツ。
スイスエアの方がよかったんだけど、ルフトハンザになってしまった。
空港では前日に話したイタリア人が何人かいた。目的地が同じ人は
やっぱりそうなったんだ。

ミュンヘンでは結局、滞在許可証の提示を求められた。
やっぱり他人やネットの意見はあてにならない。誰も信じない訳ではないけど、
確信に満ちた人程疑ってしまう。確実なことを言う人はいつも
謙虚で中庸的だからだ。

まずいまずい機内食に辟易しながらも、ロスについた。
長い長いパスポートコントロール。自分の番は3分で終わったのに。
そして長い長い荷物チェック。僕は10秒で終わったのに。
日本人は早いけど、南アメリカや中国系が長い。

太鼓やらミーティングやら、濃い内容の日々がこうして始まったのでした。
太鼓はアメリカンも多いけど、日系人がかなりいる。日本語はなせない
日系人もいる。でもどこか日本人ぽい。おもしろいなあ。

2012年1月5日木曜日

ロスえ

いよいよロスへ出発。フライトが長いので、徹夜しています。
2時間昼寝してロスの朝に起きたので、いい感じ。

到着したらすぐに太鼓。迎えにきてくれるのは、
今回お世話になるNさん。なんとグラミー賞を
和太鼓奏者として初めて受賞された方です。
作曲された新曲も学べるし、グラミーとったCDの
ソロ演奏も学べる。楽しみやわあ。ついでにNBAの
レーカーズも見ときたい。気温は最高24度とか。
最高や。合間を見て、facebookのタイムラインの
カバー用にこんなの作っちゃいました。


1月ミラノを明けるので、正月返上で仕事仕事仕事だった。

実は、こんかいにこぎつけるのに、さらに大変な
事があった。身分証明書が必要なときがあり、
滞在許可証を持って行ったのだが、慌てて行ったので、
ポケットに入れたはずの許可証がなくなっていた。
きをつけてきをつけて、あわててなくすという。。
あるはずもない滞在許可証を何度さがしたか。

ということで、すぐに複製を申請。スムーズに行ったのだが、
なかなか届かない。12月30日にしびれを切らして、
仮滞在許可証を申請しに行った。というのも、申請中は
国外にでては行けないので、本券がないなら、これを申請しないと行けない。
申請のレシートでは行けないのです。フランスではレセピセが
効果を発揮するとかしないとか。

しかし、ネット情報では、仮ではシェンゲン圏内の他国を経由しては
いけないとか、経由地が違っては行けないとか
いろいろあった。行きがチューリッヒ、帰りフランクフルト。
ということで心配の種だらけだった。

移民局で申請すると、「問題がある」と窓口の職員が言う。
やっぱり?と思ったら違う事だった。
前日の12月29日に新しい許可証がローマで印刷されて
発送されたので、そうなると仮は発行できない、という。

なんてこった!じゃいつ届くの?というと1月4日に
順番待たずに来たら良いと紙に書いてくれた。そして
まずここに届くからチェックしてやる、と。
親切な人にいつも出くわすんだけど、今回も。
ありがたや。実際それがないと寒空で待たされる
ところだった。この国は文書とサインがとても重要で
効果を発揮する。サインの重みを改めて学んだ。
話し言葉は飛んでしまう、とラテン語でも言うらしい。

4日に行くと、顔を覚えてくれてたらしく、手招きして、
「来てる事を望むよ」とすぐにチェックを始めてくれた。
そして奥に行って、帰ってきた。手ぶらやん。

「仮、発行するよ」

「?」

まだ届いてないの?
仮は発行できないっていってたよね?

まあ、どっちでもいいや。

なにせ、招待状(自分で書いてサインだけしてもらった)には
「グラミー賞」の文字が。仮なんて担当官の判断で
印刷してしまえばあとは写真を特殊シールで貼るだけ。
すんなり行きました。友人のように担当官と仲良くなり、
数週間の苦悩から解き放たれた訳です。まるで釈放でも
されたかのように。

ということで問題なく出発して帰国できる訳です。
だんだん移民系の手続きに強くなって行く私。
ネットのせいで心配の種が増したので二度と信用しません。
今回は担当官もタイミングもよかったし、招待状が
強かったのでよかったけど、準備次第ってことだと思う。

日本人だとパスポートチェックだけで滞在許可証は
聞かれないと言う人もいたけれど。
念には念をが、日本人ですし。

2012年1月1日日曜日

2012


年が明けました。

ちらっとネットで紅白を見たら、地元出身の
五木ひろしが「ふるさと」を歌っていた。
妙に懐かしくなった。

連ドラ「ちりとてちん」こちらも地元が舞台で、
本人がこの歌をドラマの中で歌ったのは
忘れられない名シーンだった。

父親も紅白みながら歌ってんだろうなとか思い、
妙なシンクロ間を感じながら、サビを歌った。
この曲のサビ以外は知らないけど。あ、
振り向けば日本海がなぜかiTunesに入ってる。

結構懐かしい気分になるのは海外で正月を
迎えるからだろう。日本の正月程風情のあるものはない。
子供のときからの魔法のような時間が、記憶として
残っていて、日本の風習、文化の奥深さを
感じる訳です。ワインもいいけどね。

日本だと斉藤和義が「ミタ」で偉い注目されてるみたいだね。
僕は33歳。彼の歌を聴き始めたのが多分15か16。
こんなに長い間支持してるアーティストはそうそういない。
ということで今年最初のブログ登場曲もやっぱりこの曲。



今年は、爆竹フライング禁止令がでてたらしく、
年が明けるまで爆発音はあまりしなかった。
例年はうるさくてかなり腹が立つけど、
年明けと同時に近くのミラノ中央駅では盛大に花火が
上がったのが空が光っていたのでわかった。

上司が年が明けるなり、なぜか日本から届いた被災者の
歩みのビデオを見ようとか言い出して、20分もあったので
花火が終わってしまった。

同僚にアメリカに持って行くワインを届けてもらった。
梱包すると中身がわからないので、GとかSとかMと
書いておくと、ワイナリーのミンモと電話で打ち合わせたのだが、
もう一つTと書いてある箱があった。はて?と思って開けると
それは僕へのプレゼントのボトルだった。

初笑い付きの心憎いプレゼント。ありったけの感謝の言葉を
メールに書いた。

人をほっこりさせる人になりたいと思います。

2011年12月31日土曜日

2011年最後の日



こう書くと大げさだけど、今日、まともな大人の人たちと
内輪の和食の飲み会をして、ようやく忘年会という感じがした。
きゃーきゃーいうのもいいけれど、もうそんな年齢でもないし、
節目、折り目がつく感じがしない。

今年も色々ありました。ハイライトはやっぱり被災地での
ボランティア活動。テレビで見ていたけど、やっぱり
爪痕はすごかったし、もっと早くに行けばと思った。
いつの間にか風化するのが今の世のおかしなところ。
メディアでは現実感がないし、現実を伝えることも
できない。

それにしても今年は年末まで苦しい、大変な事が多かった。
古びた大根のようになってますが、来年は切り替えて、
ガツガツやったります。感謝も文句も全部吐き出して、
引き出しに整理できたと思うし。

インドで農民が15年で25万人自殺しているという
ビデオを見た。これも衝撃的だった。世の中、何かが
大きくおかしい。遺伝子組み換えの種に法外な60%の
金利の借金を背負わされる。断固として戦っていかないと
いけない。ぼーっと生きている事なんてもうできないところまで
きている。


数万円もするワインを作って、優雅なもんですねと
揶揄する人があった。本心ではないと思うし、自覚はないんだろうけど、
瞬間湯沸かし器になった。

自然農法、その完全な成立には高度の思想、文化が伴うべきものだ。
そこから生まれてきた古代芸術の粋も文化の一部で
あらゆる文化的側面と切り離せないものだった。

より高いものを求めようとする人の精神は、
自然によってのみ導かれ満たされる

これがBiotic、生命哲学の原理でありメッセージである。
(これ僕が訳したんですけどね!有名な言葉になりました。)

どうしてもこの意味と価値を伝えないといけない。
某国の有機農業のパイオニアのR研究所も
ようやく有機農業の欠点を見いだしたそうだ。
有機から抜け出さないと見えて来ない文化的領域がある。

文化的領域というのは、そこに無数のつながりがあって
あらゆる面で文化が機能しクオリティーが保持される状態を
生み出すクリエイティブでサステイナブルな力が常に
充填されている社会文化形体のことを指して言っている。
里山とか自給自足とかそれでもまだ片手落ちなんです。

有機(オーガニック、ビオ)は、よりリスクが少ないという点に
着目しているし、作物が自分の生育に適した養分を土に放射し、
それをバクテリアが分解しさらに吸収すると言う自然の完全な
サイクルを無視している。

自然への絶対的尊重、そこには科学があり、思想の生まれる
根源でもある。感性や直感もそこにある。

より高いものを求めようとする人の精神は、
自然によってのみ導かれ満たされる




問題を見て核心を見る人と表面を見る人。
後者を見る人は、もっともらしい人目を引きそうな事を言う。
それが片手落ちだと知りながら。

病気を見て根本を見る人と症状を見る人。
後者を見る人は、一歩先を見て信用を得る。だけど
その後は見ない。

美術を見て霊性を見る人と色彩を見る人。
後者を見る人はセンスについて語って信用を得る。
ほんとは流行廃れの多いその考えに縛られ疲れているのに。

前者を見る事のできる人はどれくらいいるだろうか。
それが見えないから、後者にしがみついて自分も他人も
だまそうとする。それはいつか頭打ちになる事は
知っているはずなのに。

福島の原発は1万円の損をもったいぶって、1000万円の
損を残したようなもの。未来に大きな負の遺産を残してしまった。

農薬は使い続けると効果が無くなるので、さらに改良したものを
使い続けないと行けない。そしてついにはベトナム戦争の枯れ葉剤を
使い始める。もともと農薬は戦争産業の産物なのだ。

ある有名企業の綿の生産の事例。
地場産業を飲み込み綿一色にして潤わせるものの、
綿は最も農薬を用いる作物なので、土地が痩せ、土地を
変えて立ち去ってしまう。残された土地は地場産業もない
悲惨な運命が待っている。

安い食べ物。安い服。安い家。それには訳がある。

セザンヌが使った絵の具が1万円だったとしても
絵は数億になったりする。日曜画家が1000円分の
絵の具で絵を描いても1000円になるかならないか。
それにも訳がある。その部分の審美眼が曖昧で、
似たものを求めるからコピーや贋作が市場に出回る。
絵は思想、精神のクオリティーの発露であり、色彩構成図ではない。
思想のあるがかなんて滅多にいない。色彩構成、
テクスチャー構成図でテクニックに思想が押しつぶされている。
描いてる本人も批評する本人もほんとは訳が分かっていない。
こういう言葉でしか書けないから、いい印象も与えられないけど。

世の中そういう一時的なもので成り立っている。



前者、つまり核心的な部分を見ると言っても、文化的領域が構築されて
目の前にないとはっきりこうだとはいえない。だから誰も言えない。
だけど、人間は先見という能力を持っている。先を見据えて、それを
金字塔として打ち立てて、それをもとに周囲を開拓する力の事だ。

日本のケータイは先見の明があってサービス、技術で先を行っていたが、
i Phoneに負けた。美的クオリティーはともかく、
「文化を体系化し現実にリンクする力」がなかった。はっきり言えば、
中身のない娯楽しか提供できなかったのだ。未来は予想するもの
ではない。作り上げるもの。観念を現実にリンクさせて
肉付けした結果だと思う。だから観念が重要だと思う。

ワインも一つ、インドの活動も一つ、ドイツの野菜も一つ。
シェフの料理も一つ。ザンビアも一つ。日本の高度な流通も一つ。
いろいろと金字塔を立てて行く。それぞれでは片手落ちだと
言われても、先にある体系的文化を見据えて。

そして、深度も範囲も広げて、多面的で複合的な模範例を発信して行く。
ひな形をたくさん作って、当てはめやすいところで応用
してもらうというやり方でもあり、文化体系に必要な要素を抽出し、
還元して金字塔をさらに磨き上げるというやり方でもある。
ワインは象徴的産物としての意味合いが歴史的にも文化的にも強いため、
理念の部分を司っている。それは今書いた事の後者にあたる。



私は、健康な野菜だけ食べれたら良い、という人もいるだろうけど、
社会全体の事を考える大人の責任を忘れていると思う。
自分だけ自然なものを食べていても、社会が変わらなかったら
そのうちに環境は汚染され、自分にもしわ寄せが来る。
次世代には確実に不都合な未来を残す事になる。

インドの自殺者は対岸の火事ではない。農業からの文化崩壊が招いた
最も不幸な事例であって、同じ構造はすぐ近くにある。

ということで、来年に向け、思いを新たに。
雑文ごめん下さい。

2011年11月30日水曜日

食肉工房


米農家に撮影に行ってきた。1月に若手日本人農家がたくさんきて、
講習会が行われるので、写真等の資料作りがとても大切なのだ。

近所の人たちが世話している鳥豚小屋にお邪魔したので、それを紹介します。
上にあるのはmiglioといってあわとかヒエらしいんだけど、それを食べる
鶏。自然のヒエで育つからそれはそれはおいしいことだろう。



ヤギはチーズでも作ってるんだろうか。今度聞いてみよう。みんなこっちを
動かずにじっと見るからシュールで面白かった。





なんている鳥かしらないけど、いつも優雅に歩いています。ミラネーゼやなあ。



小屋で飼育されているブタ。かなり大型だった。じろじろ見られた。
ルイージじいさんが「ほらみろ!」と指差したら、ブタの上に
トリがのっている。童話の世界だね、って言った。そのあと食べられる
運命が待っているという、残酷なのもヨーロッパの童話の世界観。



ファラオーネっていう鳥。ホロホロ鳥です。ほんとうるさかった。
縄張り意識が強いんだろう。じいさんたちが掃除をすると雄が
やたら吠える。一匹捕まえて動かすと、さらにうるさい。
丸焼きにしてくっちまうぞ!ってなもんで。食べるならクリスマス。



うさぎちゃん。妊娠しています。横の穴には小さなラビットがたくさんいました。
生後10日のものをだっこしたけど、ほんとかわいい。だけど6ヶ月経って、
2キロを超えると・・・


コニーリオとイタリア語で言います。食用ウサギ。あまり食べたことはありま
せん。トウモロコシが大好き!



君は食べないから安心したまえ。でも、あんまり吠えると・・



アージノ。ロバ。結構スケベで、隣のメスのお尻にちょっかいを出して、
しっぽで打たれてました。

古い農家の典型みたいな。糞の匂いがすごかったけど、こうやって
ヨーロッパの文化は成り立っていたんだなと。スーパーで並んでいる
のばかりではわからない。こっちの肉屋さんだと姿があるから、
そういうのはちょっとわかるけど。ヨーロッパ人のアグレッシブさも
こういうところを見ると理解ができます。ヨーロッパはほとんど
森だった訳で、狩猟民族的な感じ。夜目も日本人より数倍きくし。

文化は繫がっているってことですね。食べるだけじゃなく、
牛の皮で太鼓ができたり、靴ができたり、
馬の皮でジャケットができたり。犬の毛は筆にもなるって言うし。

2011年11月23日水曜日

太鼓

なんだか久しぶりの更新になってしまった。
たまに使ってもfacebookばかり。

このところ、翻訳ばかりしています。

一ヶ月前のブログでもそうだけど。

太鼓は、実に順調。新しい練習場も15日から
使い始めている。バンドの練習スタジオで、
三つのバンドで共有するやりかたなので、
家賃は三分の一でいい。少し狭いが、
一日中叩ける。

Mさんというお兄さんが日本さらには東アジアの
ボクシングチャンピオンの、その妹さんがメンバーにいて
とても熱心。彼女は僕よりも太鼓歴が長くて基礎がしっかりしている。
彼女が日本でやっていた太鼓を練習して、ミックスしている。
おかげでいろいろな曲を叩けるので楽しい。

笛と太鼓といっても締太鼓のような高い音の太鼓もいる。
今はまだいいけど、これがまたいいものとなると値が張ります。
独身の今のうちと思うけど、4つはそろえないといけないと
なると、合わせて約50万円。安いのはどうしても鈍い音みたいで、
pearlの締太鼓でもやっぱりだめ。浅野太鼓になっちゃうわけです。
石川県民割引とかないんだろうか。



この2、3年でそろえるしかないかなと。ローマにも太鼓グループがあって、
活動してないそうだから、そういう太鼓を知り合いを通じて
掻き集めるのもひとつの手。

1月はアメリカに行きます。メディアと広報、文化活動などの勉強も
あるが、なんといっても中村さんの太鼓の稽古。なにやら新曲も
あるそうな。

http://youtu.be/fwcc_E2MDrE

中村さんの情報はこちら