2010年7月18日日曜日

鴨川の午後

疲れた。日に日に疲れがたまり、ピークが来た。
なんでこんなにいろいろやることがあるのだろう。
習い事をがんばるつもりだったのに!

しかし、ここは京都。
ゆったり過ごすにはいい町なのだ。
ちょっと小説家に今日はなってみるで。


風の通り道を聞きながら、読んでみて下さい。


猫背でパソコンに向かう日々。疲れきった体を
無理矢理起こし、シャワーに掛け、出かける準備をした。

昔なじみの三条烏丸の書店に行き、立ち読み。
立花大亀老師の『利休に帰れ』が復刊し、出版したばかり
だった。手に取って、少し読み、脇に挟んだ。あの頃買おうか迷った
レアな写真本は、もう売れてしまったのか、なくなっていた。
2年前にまだ残っていて、次ぎ残っていたら買おうと
思っていたのだけど。

鴨川のほとりで、スタバの「ほうじ茶ラテ」を持って、
一人読書に耽る。時折、夕方の景色を見て体の疲れと
緊張を解きほぐし、沈思を深めて行く。梅雨明けの日、
とりわけ3時半の日陰は、光がやわらかくて心地いい。
ちょっと前まで増水していた後が残る鴨川の
流れは、以前よく来ていた頃のきをくを、
フラッシュバックしてくれる。

一人、大亀老師の言の葉に耳を傾け、深まって行く時間を
味わっていた。

浴衣の女子大生が声をかけてきた。七夕の短冊を書いてくれという。
そういえば、さっき、3人組の若い人が短冊の吊るされた竹を
持って歩いていた。もう終わったのに。

聞くと、旧暦の七夕に会わせて、いろんな人に短冊をかいて
もらっている、という。大阪大学の学生だと言う彼女は、
いろんな大学の学生が集まり、大きなプロジェクトにして、
社会に貢献しようという試みなんです、と教えてくれた。
旧暦の七夕に、大阪の天満宮で奉納して祈ってくれるという。

短冊なんて久しく書いてなかったから、思い浮かばなかったけど、
今の思いを書いてみた。ちょっと恥ずかしいな、といいながら渡し、
ちょっとだけ自己紹介をした。いろんな人の人生に触れて、
彼らなりに勉強になるんだろうな、と思った。

同時に、今の自分の立っている地点は、過去の自分の思いの
積み重ねだったのかも、とそんな昔抱いた気持ちに戻った。
知らない人と、思いもしない話をするっていうのは、
やはり楽しいものだ。

作らなければならない映像の構想を練りつつ、立ち上がり、
頭の中の音楽とともに、町を歩き直した。

生活の微細な部分まで芸術的感性に染め抜いて、ただ平穏に暮らしたい、
そんな気持ちになるのは、京都の町歩きの醍醐味なのだ。

夕方、友人と合流し、そこはまたしてもスタバ。別の店舗だから
まだいいか。近くの伊右衛門カフェが結婚式のパーティで貸し切り
だったからだ。今度はチャイラテにした。友人は男なのに、
抹茶フラペチーノを頼みやがった。「お前、かわいいもんたのむなあ」
と言ってやった。

夜は、ジャズを聴きながら、バーボンとウイスキー。
17年ものの「響」の味わい深さは、嗅覚を刺激して
香りだけでいい気持ちにしてくれる。僕のようなまだまだ
青い人間にはよくできた酒だ。ジャズイントロなるクイズで
遊んでみる。ジャズに編曲されると、デビルマンですら
あてられない。もどかしいが心地いいスイングのリズム。

ステンレスだろうか、樽を感じるちょっと金属的な
非人格的な堅さのある味わい。木の樽には木の樽の味わい。
僕の好きなのは、何も感じさせない素材の味を引き出す、
ガラス繊維の樽。どちらにしても「人情は大事やで」、という
話に熱弁を振るったり、昔の話でもりあがったり。

祇園祭が終わった翌日。町を歩く人の会話からは、まだ
「鉾」という言葉がちらほらと飛び交っているのを耳にする。
ここの町の人たちは、一息ついていることだろう。安堵の分だけ、
いつもより静かな感のある室町通を歩いて帰路についた。
町の皆さん、お疲れ様でした。

京都の夏の一日。どやさっ

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